輝凛(きりん)

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「うまく」とは…?

今に始まったことではないんだけど、昔からいろんな人に「相談」を受けることが多いです。周囲と比べて、しっかりして見えるのか、自立心が高く見えるのか、何なのか。まぁ、所謂「アダルト・チルドレン」というヤツで、子供の頃に家に大人が不在で、どうしても家事だったり弟の面倒を見たり、自分のことも自分でやらないと「いけない」と思い込んで育ってきただけで、私の性格自体がそんなにしっかりしていたり、自立心が高いとは思ってないんですけどね。高校生の時の男友達(後に、私の彼氏になる人でもあるんですが)に付けられたあだ名が「姐御」で、今でもすっかり周囲からは「姉さん(または姐さん)」という扱いです、それが年上の男性であってもね…。んで。その他人からの相談っていうのは、男性からは「仕事」についてや、恋愛や結婚についてなんだけど「どうすればいいと思う?」というのは、やっぱり突き詰めれば「どう振舞えばいいか」という行動だったり、それをする目的は「問題解決」だったりすることが多い印象があります。私は女性でも、「問題解決」ということに重きを置くタイプなので、正直、男性からの相談の方が話しやすいです。そして女性からの相談は「どう思う?」「どうしたらいい?」「相手はどう思っているのだと思う?」というところが突き詰めれば「丸く収めたい」という「誤解を解きたい」など、「感情に働きかけるもの」「自分や相手の気分を良くする方法」に辿り着くことが多いように思えます。分かるっちゃ分かるけど、人の感情や気持ちなんて、分からないんで、正解なんてない。つまりは、その相談してくる相手が「安心したい」「気分がよくなりたい」というものがあればいいんだろうな、とは思うんだけど、本当、その場で「なるほど!」でも何でもいいんだけど、安心しちゃうと、何もしてないくせに解決した気分になってしまい、「それ、この前も聞いたよね…」な相談や愚痴がまた同じ口から出て来るので、「問題解決追求型」の私は正直イラっとしてしまう(多分これが、男女の喧嘩の原因なんだろうなっていうのが、同性なのに感じてしまうというか…)。大学生の時には女性からの「ちょっと聞いてもらっていい?」の時には「いいけど、問題解決したいの?それとも、話を聞いて吐き出して気持ちをスッキリさせたいの?それによって私の聞き方が変わるんで、それを先に教えて?」と確認してから聞いていました。今は正直言って、それが女性でも聞かないですね…。だってもう30歳を越えていたら、「上手く行かない…」っていう悩みだったら、いつまでもそこに捉われて時間を食いつぶすほど、人生にやり直しが出来るような年齢でもないと思うんですよねぇ…。まぁ、本人が同じ場所をぐるぐる回りたいのなら、それでもいいのかもしれないんですけどね。とはいえ男性も女性も話を聞いて「分かったつもり」になって、やっぱり行動しない、そして他人を責めるだけで、自分のことは振り返らないか、自分を責めるけども反省して改善はしないっていう人はすっごく多かったりするので、男性の方が解決能力が高いっていうこともない。結局は「納得しただけじゃなく、それを理解をして、自分の中でしっかり消化して、改善行動をしてみたか」でしか、結果は出ないんだよなぁ、とは思います。それで、その「相談」「悩み相談」もそうだけど、ふとした時に聞く言葉で、子供の頃からずっと気になっているワードがあるので、今回はそれについて書いてみます。

誰のことを好きになってもいいけども…

ジャニーズグループのV6メンバーが「結婚ラッシュ」だなぁ、と。しかもお相手はすべて女優さん。正直、先日公表された、森田剛くんと宮沢りえさんのご結婚はビックリしました。私はV6がデビューして半年後くらいなのかなぁ?彼らが春高バレーのイメージキャラクターだったり、EUROBEAT路線での曲が多かった頃、4年くらいファンだった時期があって、特に三宅健ちゃんが好きだったんですよね。EUROBEATが好きだったので、それで曲から彼らのファンになったという、あまり聞かないタイプのファンだったようにも思いますが。ファンではなくなって時間は経っても、それでも今でも連絡を取り合っている友達がいたりするのですが、彼女は剛くんが本当に大好きで、彼が初恋の人で…。まぁ、所謂「ガチ恋」のタイプですよね。私も今までそれなりに好きになって来たバンドだったり、いろいろありますが、「好き」という気持ちはあっても、それが「恋愛感情」のようになることというのは、ほぼ、ない。「好きだという気持ちは分かる。 でも、相手に好意に応えてもらいたい、相手にも自分のことを好きになってもらいたいために、自分を覚えてもらいたい、知ってもらいたい、という気持ちは、私には持てない。 それでも好きになってしまったのなら仕方ないし、他に好きな人ができるかもしれないんだから、それまでは、彼のことが好きでいてもいいんじゃない?」そういう気持ちでいたので、彼女の持つ「好き」という気持ちは否定しないし、相手が誰であれ、どんな立場であれ、自分との関係性がどうであれ、それが現実味がないものであっても、「好き」という感情を持つ事はいいことなので、それは否定しないです。その自分の「好き」が叶わなかったら誰でも泣くだろうし、誰が何と言おうとそれは「失恋」なのだろうから、それに対しては通常の恋愛と同じよう「可哀想だな」とは思うし、友達が失恋したら「聞いたよー?失恋したんだって?大丈夫?」なんて、積極的に相手の傷に塩を塗りに行くことは、私には出来ないので…。ぶっちゃけ、20年近い付き合いがある、彼女の精神的な弱さからして、すっごく心配は心配なんだけど、あちらから何かしらのアクションがあるまでは、そっとしておこうと思っています…(ただ、泣いているだけであって下さい、本当に…!)。

解毒…?

私はすでにいい年齢、世間では十分に「大人」と呼ばれる年齢です。そんな私が最近になって気づいたこと。自分の母親はとても「過保護」であって、『良かれ』と思って、自分の価値観を押し売りしてくる、押し付けてくるタイプで、相手の意思を尊重することがない人だな、ということ。最近「毒親」とか「母が重い」というような言葉が書店などでも多く見られると思うのですが、典型的なそのパターンなのだろうと思います。が。私の両親は私が中学生の時に正式に離婚はしているのですが、父が家に帰って来なくなったのは、それより前で、家にお金を入れなくなってしまったのも、私が小学生の頃からでした。母は「このままでは、子供たちが高校に進学できないかもしれない」ということもあり、そして日々の生活もあったので、昼夜問わず働くしかありませんでした。私には2歳離れた弟がいるのですが、私が弟の面倒を見て、出来る家事の手伝いをしていたせいもあるのか、母は私のことを「しっかりした頼もしい子供」だと思っていたようです。そのためでしょう。いつも私のことは後回しにされている。私のこと、そして家のことまで後回し(弟は今別居中なので、実質2人家族。つまり、私のことも自分のことも後回し)なので、部屋を全く掃除しないんですよね。家中、物であふれています。私は子供の頃からそうだったから、それが当たり前だとも思っていました。でもさすがに年齢が重なって来ると違和感も覚えて、「どうにかしなければ」とずっと思っていて、3年くらい前かな?一念発起して「自分の部屋だけでも!」と、断捨離を決行。自分の部屋は、以前に比べたらとっても綺麗になって、今でもそれを維持しています。が、母はそれでも何も自分ではしようとしてくれない。部屋も物で溢れている。冷蔵庫の中も賞味期限なんてとっくに切れている食材が沢山入っている。そんなある日、もう1年くらいになるのですが、私がとっても大切にしている洋服を、私が自分の服は自分で洗って、しっかり「何がどこにあるか」を把握しておきたいと言っているのに、これも「良かれ」と思って勝手に洗濯をして、畳んで置いておいた結果、私の服としてまとめておいたであろう場所にはその服がなく、聞くと「知らない」と言われ「そんなはずはない!探して!」と言われ「疲れているから今度」と、いつもはぐらかされ、1年ずっと「いつになったら見つけてくれるの?」と、毎日イライラしている感覚でした。何度も何度も、掃除をして欲しい、片付けて欲しいし、食材だって買って来てそれをそのまま捨てるような、結論としてお金を捨てるようなことは、いい加減やめてくれ、と、伝えても、聞き流され…。以前は柔らかく伝えていましたが、軽く思われているのか何なのかで、全く聞いてくれない。私も堪忍袋の緒が切れて、その話をしている時に、相変わらずまともに話を聞こうとしない親に向かって、飲んでいたジュースをコップから投げてかけたり、物を投げつけたり、殴ってしまったりなど、強い怒りと悲しみで、感情のコントロールが出来なくなってきました。「このままでは、母親を包丁で刺してしまうのではないか」そんな、自分の感情のコントロールの出来なさから、違う不安が襲って来ても、母は相変わらず私の話を聞こうとせず、それなのに、近所で自宅療養中の叔父(一人で歩けている)や、近所の人からの連絡にはすぐに家を出て行く。「いつまで私は後回しなの?」「このままではいけない…」本当に色んな感情が入り混じって来て、気が狂いそうになっていました。母には妹が2人、弟が1人いて、自宅療養中の叔父を、母と叔母の1人(もう1人は山陽地域にいるため、遠くてこちらには来ていません)がフォローしていることもあり…。その叔母は嫁ぎ先がとても厳しくて、部屋の片づけなどは徹底して、再教育をされたようです。冷静に考えてもくれますし、母のことはもちろん、私のことも知ってくれています。母のことを、以前通学していたカウンセラースクールの講師にちょっと話したら、「典型的な『私が悪いって言うんですか?私も一生懸命でしたし、子供のためを思って!』」と、しんどそうな子供を前に言えるタイプ」(つまりは自分を反省しない過保護タイプ)であろう可能性も言われていたのもあり、母との話をカウンセラーに頼むと、えっらい時間もお金もかかりそうだしとも思っていたけど、もう、誰かが間に入らないと無理だ。そんな経緯から、母には「お母さんとのこと、家の状態を相談したいから、叔母さんに家を見てもらいたい。家に来てもらって?」と話していました。そこも相変わらず返事だけ。本当に連絡したのかすらどうかも分からないような返事が買ってくるばかり…。「こっちが本気で苦しんでいる気持ちも知らないで…!」そう思っていた土曜日、母がまた誰かからの電話ですぐに支度をして外出をしました。「明日探す」「明日掃除する」その明日はいつ来るの?自分の服だけじゃない。いつまで物に占領された家で暮らして、いつまで台所で寝てそこで生活して、私がご飯を作りたい、覚えたいと言っても、その機会を作ろうともせず「良かれ」と勝手に料理を作り、「疲れているから」と、横になってしまうことで私は気を使ってお風呂にすら入れない時がある。それなのに、勝手に私の部屋には入って来て、あったはずものがなくなっていたりする。色んな私の大切なもの、断捨離を経て「絶対に必要で大切なものしか手元に残さない」と決めて、物は置かないようにしているし、厳選しているからこそ、些細な1つ1つが大切なのに、何でそれを勝手に奪えるの?そう感じたら。「家に入れなくしてやればいいんだ。 そうでもしなければ、私がどれだけ怒っているのか、納得していないのかも分からないはず。 叔母が来て、叔母の顔を見るまでは開けないって、条件をつけてでも、叔母を呼んでもらおう。 そうでもしないと、母は私の話を聞こうともしない。頭ごなしに怒るだけだろう。 親戚とはいえ、両方の話を聞いてくれて、「ダメはものはダメ」と両方にしっかり言ってくれるのは、叔母しかいない。」ということで、外のドアに張り紙をして、内側から施錠とチェーンロックをしました。張り紙には。「汚い部屋のことも後回し。 私のことも後回しにしてでも、そんなに近所や親戚にいい顔をしたいのなら、そちらの家に住めばいい。 ここには帰って来るな!」のように書きました。とにかく、叔母を呼び出すための手段で、まぁ、家を人質にしたようなものですね。それでも私は全然嬉しくもなくて、かといって涙も出なくて…。でも「どうしよう」とも思ってなかった。その間に服を探そうとも思わなかった。本当に何も考えられなかったです。それでも服を探そうとしなかった理由。自分がとっても感情的になっている自覚はあったので…。自分の服がどこかに行ってしまう。自分の服や物が奪われて、平然とされているのに腹が立っている私が、たとえ乱雑に物を扱っている母のものであっても、母に同じ不快感を与えるのはイヤでした。私から見たら、価値がないようなものでも、母にはとっても大切なものかもしれない。私はそう思うのに、母はなぜそう思ってくれないのだろう…。そう思うと悲しくもなりましたが、それでも、やっぱり同じことはしたくない。だから、服を探そうという気持ちが起きてきませんでした。

大切なのは気持ちだけ

2017年7月になりました。絶対に今年、今月は私にとって大きな月になりそうです。ブログ違い、音楽ブログもあるので、そっちに書けばいいのだけども、あえてこちらに。もう何年?17年くらい?好きで応援しているバンド、DIR EN GREYのツアーがあります。私が彼らを好きになったきっかけのアルバム「MACABRE」(2000年発売)をメインにしたものです。2016年6月から今までリリースされたアルバム、それぞれをメインにしたショートツアーを繰り返していて、こちらもそれだけが生活ではないため、金銭的にショートしそうなんですけども…、音楽関係は彼ら以外はすべて「保留」と割り切り、どうにか頑張って可能な限りの最大限で各ショートツアーでのライブには行っています。その各アルバムのショートツアーの開催が発表されてから、1番楽しみにしていたのが「MACABRE」なので、今月は平日は仕事、土日は地方も含めてライブという予定です。色んな意味で倒れませんように、私が。私のことをそれなりにご存じな方なら、彼らというか特定のメンバーへの「好き」具合が異常なのはご存じだと思うので…。が、その話がしたいのではないので、ここでは触れません。そして、2013年に曲名としての「MACABRE」が再構築されました。この曲、本当に凄すぎて彼らの曲の中で不動のNo.1で大好きな曲です。

生活に役立つ心理学

本日カウンセラースクールの受講を終えました。先日、修了試験を受けて、それに6割正解していれば「修了」となるのですが、結果は今月中に出るようなので…(^^;いろいろなご縁を経て、去年の8月にスクール受講をさせてもらえるようになり、約9カ月毎週通いました。最低限の心理学の基礎知識やカウンセリング技法でしたが、あくまでも一番の目的は「自己研鑽」というもの。誰かの面倒を見る、しかもその人にとってはとっても重たいであろうことも含めて、その人を見て行くというのは、とってもしんどいことなんだと思うのです。だからこそ、自分は身軽でいないと。人って勝手に自分で荷物を抱えて、下ろせばいいものを下ろせないで潰れて行くこともあるし、下ろし方が分からなくなることもある。誰でも何かしらで、そうなってしまうことはあるからこそ、自分での荷物の下ろし方がある程度分かっていないと誰の面倒も見られないと思うんですよ。だからこそ、自分の面倒をある程度見られるよう、自己研鑽をしていく必要があるというのが、カウンセラースクールの初級講座を学ぶ理由でもありました。上級講座はスクール側の都合で運営が当面先になりそうとのことなので、また改めて連絡を頂く予定です。私が受講した初級講座も、多分今後の運営は未定なんじゃないかなぁ、と思います。そのため、スクール情報はお伝えできませんのでご了承ください。

人との関わり合い

現在、カウンセラースクールに通っているのですが、ブログ更新もしないまま時間は過ぎ、それでも通学はしていたので(当たり前ですが)、あっという間に残りあと1回、その前に確認テストを控えているという状態になりました…!カウンセラースクールでは、カウンセリングの技法もそうですけど、最低限の心理学を勉強する必要も当然あるので、様々なアプローチの心理学の概要を教えて頂きました。その中で、私が自分の内面を見て行く、つまりは問題解決をするために、自分の考え方の「クセ」だったりに気づくのに、有効なのではないかと感じたのが「交流分析」と「インナーチャイルド(アダルトチルドレン)」について、です。そしてその解決方法として私が向いていそうなのは、ゲシュタルト療法と、認知行動療法ではないか、というところまで来ました。そして今回。そのテスト勉強も兼ねて、私が問題解決のために役立ちそうだと感じている「交流分析」について、ブログにまとめてみよう!と。自分の考え方の「クセ」、その無意識に取り込んで考えていることが行動の背景になっていることがとても多いんですよね。そしてその結果、困ったことが起きたりすると、「なぜ、私はこんななのか」と思う人も多いのではないか、と…。でも、交流分析の内容がとても多いため、記事は分割するつもりです。心理学の素人が書いたもので、勉強ついでなので、どなた様も「参考程度」に軽い気持ちで読んでいただきつつ、もし、何かのお役に立てたら幸いです。