機能不全家族は機能不全社会?

詳細は書けませんが、派遣先で言われたかなり不条理なこと。

そして、非は私にかなりある事で、改めようと決心はしていますが、ご指導頂いた際に言われた言葉の端々に感じた「おや?」と思う単語。

そして、今まで私が仕事やプライベートの対人関係で、一方的に圧をかけられた相手に対して感じた共通点。

何となくそこには、カウンセラースクールで勉強した様々なケースが潜在的に存在しているように思えています。

何となく私が感じていることを、書き残しておきます。


ツイッターのTLで偶然見つけて「何だこれ?」と思った書籍があります。

本の概要を読んだら「正に私が最近派遣先の上司に感じた事だし、他にもこの傾向を持つ人に結構出会って来ている。書籍として販売され、それに人気が出ているということは、同じような人に対して、困っている人も多いのではないか。私の例は特別でも何でもないことで、ありふれた悩みとして存在しているのかもしれない」と思えました。

Amazon.co.jp: クラッシャー上司


言い得て妙ですね「クラッシャー上司」。


上記も内容の参考になるかと思います。

私はまだ読み終わっていませんが、カウンセラースクールで勉強中の「アダルトチルドレン」の部分と、この話はどこか深い関連性があるようにも感じました。


こういう上司になってしまう人は、自己愛性人格障害のような傾向もあるだろうと思えます。

そこまで行かなくても、大人になっても「アダルトチルドレン」の状態で、そこに気づけない、つまりは精神的には未熟なままな「デキる人」になっちゃっているんだろうなぁ、とも思えます。

「アダルトチルドレン」というのは「機能不全家族」で育った子供がそのまま大人になってしまい、何だか「生きにくさ」を感じている状態と、ざっくり言ってしまってますが、そんな感じです。

ちなみにこれは「先進国特有の傾向」と言われており、日本ではその8割くらいが「アダルトチルドレン」であるとも言われています。

ですから、何も特別なことでもないです。だからこそ、正しく認識をして、向き合っていく課題でもあるように感じています。

なぜなら、それが「当たり前」なのだとしても、個人が非常に生きにくい人生となってしまうと強く感じるためです。

私自身も「アダルトチルドレン」の自覚はありますからね…。


生きにくいことが「当たり前」っておかしいと思いません?

皆がそうだから、それでいい。

我慢だ、努力だ、根性だ。

それで人生の、自分や相手の何かが変わりますか?

ただ、ダラダラと時間だけが過ぎて行くだけではないでしょうか。

今の状態を受け入れたまま、何の変化もないのなら、ずっと生きづらいままです。

それでも本当にいいのでしょうか。

多数派だから、皆がそうだからそれが「正しい」「当たり前」ではないと私は思っています。


機能不全家族とは

「アダルトチルドレン」という考え方は、まだ確立された内容ではなく、研究が進められている分野のため、人によって捉え方や表現が異なってくるそうです。

そのため、書籍やサイトによって、使う単語が違ったり、捉え方が異なることがあります。

つまり、まだ「正解に近いものが何だか分かっていない」ものだと踏まえて頂ければと思います。


この「アダルトチルドレン」は、【機能不全家族】で育った子供が、そのまま大人になった状態を表します。

その機能不全家族とは、何か。

定義はあるのですが、それだけでは収まりきらない側面もあるため、以下の例を出しておきます。


  • よく怒りが爆発する家族
  •  冷たい愛のない家族 
  • 他人や兄弟姉妹と比較される家族 
  • あれこれ批判される家族 
  • 期待が大きすぎて、何をやっても期待に沿えない家族

  (国語が100点だったんだから、数学も100点取ってね!など) 

  • お金や仕事、学歴だけが重視される家族 
  • 他人の目だけを気にする表面上は幸せそうな家族 
  • 親が病気がち、留守がちな家族(仕方ないんだけどね) 
  • 親と子の関係が反対になっている家族 

  (お母さんの愚痴を子供が聞いて慰めている、など)

  •  両親の仲が悪い、ケンカの絶えない家族 
  • 嫁姑の仲が悪い家族

これが「たまに起きる」のではなく、恒常的に起きている、この状態が当たり前になっている家族を「機能不全家族」と呼びます。

また、子供は言葉の意味が分からなくても「雰囲気」で全てを察知するそうです。

 つまり、言葉以上に感覚で様子を感じ取っているため、「子どもだから分からない」のではなく「子どもだからこそ、分かる」のだそうです。


機能不全家族で起きる子育て

その機能不全家族で行われる子育てには、以下のようなものが挙げられます。

このような育児が行われると、子供がどのようになっていく可能性があるのかも、添えてみました。

また、「アダルトチルドレン」は大人の性質を表すものですから、以下のような特徴を持った子供がそのまま大人になっている状態とも言えます。


  • 支配 

親の言うがままに子供を操ろうとする。

そうすると、子供は親の顔色を伺って自分の態度を決めるようになるため、自己肯定感が育ちにくく、人に合わせる生き方を選び、本当の自分を失っていく生き方をしていくようになる。

  • 過剰な期待

進学する学校や、職業まで親が勝手に決めてしまう、など。

子供は自分の意思を認められないまま育つので、自己肯定感が育たなかったり、「言っても無駄」と無気力になっていくこともある。

  • 過干渉 

子供のことを何でも知りたがる。

これが当たり前だと思って育ってきた子供は、他者から踏み込まれることが「愛情」だと勘違いするため、恋愛関係になると、束縛が強くなったり、パートナーのスマホなどのメールを勝手に見ることをする可能性がある。

  • 条件付きの愛情  

100点を取ったら褒めるけど、90点だと「あと10点だったね」と褒めてくれない、など 

  • 寄りかかり 

子供に親のパートナー代わりをさせる。母親の愚痴を娘が聞く、など。

子供は何かしらの役割を求めて、自分がその場の役に立とうと、空気を読むような子供になっていくため、大人から見たら「とてもいい子」に育つ。

しかし子供としては、何も役割が与えられていないと、どうしていいのか分からずパニックになったり、自分に自信が持てず(役割がない自分は無価値だと思い込む)、「見捨てられてしまうのではないか」とビクビクした子になっていく傾向がある。

  • 暴言暴力


  • 無視(褒めない)

  「頑張れていないから褒められない」と子供は解釈し、褒めて欲しく、異常に頑張るような子になる。

自己肯定感も育たないため、それがやがて強い劣等感になっていく。

  •  ダブルメッセージとダブルバインド 

同時に母が「お風呂に入りなさい」父が「宿題をやりなさい」と命令すると、子供はどちらに従っていいのか分からなくなり、無気力になっていく。

ダブルバインドは矛盾。行動と言葉が矛盾している時に、「どちらが本当なのか」が分からなくなる状態。

例えば、親に誕生日プレゼントを渡したら、言葉では「ありがとう」と言ったけど、そのプレゼントをすぐ端に置かれて、スマホに親が興じている時など。 

  • 存在の否定  

「生まれてこなければよかった」「バカ」「死ね」と、存在そのものを否定。

 男の子に対して「本当は女の子が欲しかったのよねー」なども同義。


子育てとしては、普通に起きえることですよね。

でもこれが「たまに」ならいいのですが、日常化・恒常的になっていくと、子供は無意識ではありますが、気持ちを擦り減らしていきます。

そして、親に逆らうこと、不満をぶつけることは、自分が見捨てられるのではないか、という気持ちに子供はなっていきます。

それを防ぐため「親の言うことを聞く、親から見たいい子」になっていくのだそうです。


機能不全家族は機能不全社会?


 そして、この機能不全家族には、以下のような暗黙のルールが存在します。

◆話すな◆ 

問題について話し合うのはよくないことだ。

家庭での心配ごと、問題ごとを外に出すな。

(虐待されていることを、子供が外に言わなくなる)

 ◆感じるな◆ 

感情を素直に表すのはよくない ことだ。

(本当は泣きたいのに、泣くと怒られるから笑うようになる、など)

◆信頼するな◆ 

人を信じてもロクなことはないぞ。

(人に心を開かなくなり、他者との健全な信頼関係が築きにくくなる)


その結果、子供が学ぶことが、以下のようなこと。

子供は、親にこのように命令されたと感じ取り、それに従って成長をしていきます。


  • 自分を大切にするのは良くないことだ
  • リラックスをしてはいけない
  • 波風を立てるな
  • 余計なことを言うな

あれ…?

あれ、このような風潮…。

日本の多くの企業や組織にも、当てはまりませんか…?

私が思うのは、この機能不全家族で育ってきた、または、機能不全ともいえる組織で育ってきた方々が管理職や経営者というポジションに就いた時、彼らは「親」になります。

そして、自分が子供の時(部下の時)に味わったやり方を踏襲していくからこそ、「クラッシャー上司」になってしまうのではないかと思うのです。

つまり、アダルトチルドレンとして育ったとしても、その親もまた、アダルトチルドレンとして育った可能性は極めて高く、その性質は連鎖をしていく、ということです。


しかし、アダルトチルドレンの性質は、子供の頃は多くの人が抱えていたとしても、大抵の場合、精神的な成長と共に修正がされていきます。

例えば自分自身が親になった時に「あ、あの時母親が言っていたあの言葉はこういう意味だったのか。私が勘違いしていたんだ。それなら私は勘違いさせないよう、子供にはこう表現しよう」と思えるようになるなどで、その負の連鎖を少しずつでも断ち切っていけるようになれることもあります。


それでも、その修正がされないまま(つまりは精神的な成長が止まった、未熟な精神状態のまま)、成人になり、結婚もし、仕事でも要職に就くケースも多分にあります。

未熟な精神状態のため、他者を思いやれる気持ちも育っていないこともあります。

そのため、自分がされてイヤだったと思うようなことでも、他者には「自分もそうやって育ってきたのだから、これが当たり前なんだ」と、傍若無人に振舞うことが出来る人もいるのです。


何となく私は、現代の日本では8割ぐらいがそうであろうと言われている「アダルトチルドレン」を生み出してしまう「機能不全家族」を生み出してしまう社会構造にも問題があると思えますし、この「機能不全家族」こそが「機能不全社会」を作り上げてしまっているのではないかと感じています。


ならば、「自分は」どうするか

と、ここまで「機能不全家族」から「アダルトチルドレン」が生み出されてしまう仕組みを簡単に書きましたが、それを知ったところで、何の解決にもなりません。

「なるほどね!」で終わりです。

でも、まずはこの状態を「知る」ということ、「気づく」ということがとても大事です。

それなくして、つまり、何かしらの問題を認知し、受け入れることをしない限り、問題を解決することは出来ないためです。


もし、自分がアダルトチルドレンである自覚を感じたら。


いつまで自分の人生を「親のせい」にするつもりでしょうか。

親の立場になって、自分をどう育てたのだろうか、少しだけでも想像をして欲しいと思います。

(ちなみに私はまだ人の親ではありません)


「親にも何かしらの事情があったのだろう」

「親だって辛かったし、不本意なことは沢山あったのだろう」

「親も自分が初めての子供だったり、初めて複数の子供を育てることになったのだから、きっと手探りの子育てだったのだろう」

などと、親を思いやることくらいなら、出来るんじゃないかと思うんです。


いつまでも親のせいにしたのは分かりますよ。

子供らしく生きて来れなかった、のびのびとして生きて来れなかったかもしれない。

甘えたい時に甘えられなかった、一生懸命努力したのに、褒めてももらえなかった。

とてもツライ気持ちがずっと解消されないままなのだとしたら、親のせいにもしたくなると思います。


だって、親のせいにしている限り、自分は子供でいられるんだもの。

子供でいれば、いつか甘えられるかもしれない、認めてもらえるかもしれない。

そんな期待が心の奥底に横たわっていて、それが解消されないのなら、子供のままでいなきゃ、自分の欲求は満たされないかもしれない。


でも、現実を見て欲しいんですね。鏡を見て欲しい。

子供の頃の自分を育ててくれた親と近い年齢になっているとしたら、もう立派な大人なんです。

親になれる力を持っているんです。


だからこそ。

自分自身の親になって、自分の内側に眠る「インナーチャイルド」が何を求めているか、しっかりと聞いてあげて下さい。

そして、その「インナーチャイルド」のいいお父さん、お母さんになってあげてください。

この、「インナーチャイルド」を癒す親の役割を果たす心の機能は「インナーアダルト」と表現されます。

この「インナーアダルト」を育てて行くことで、「機能不全家族」などの負の連鎖からは徐々に抜けていけるはずです。


つまり。

親や周囲の希望や意思から離れ。


「自分自身はどうしたいのか」


これをしっかり認識していくこと。

たとえば、「だってそんなことをしたら、皆に笑われる」と、「皆」を理由にしないことです。


どこまでも「自分自身はどうしたいのか」。


これをしっかり踏まえることが、「アダルトチルドレン」の課題であって、決してこの「アダルトチルドレン」の問題は「誰に責任があるのか」という犯人探しをすること、親を否定し、責めることが目的ではないのです。



波風を立てなければ船は進まない


 しかし「クラッシャー上司」などと表現されてしまう方々はこういう方々っていうのは、どこか親や社会に対して「恨み節」があるように私は思えてしまうのですよ…。

いつまで経っても「誰かのせい」にしているからこそ「自分は正しい」という判断を持っているようにも感じます。

申し訳ないけど、このような人たちは、いつまでも「子ども」でいたい、構って欲しいんだろうなって。甘えているんだろうなって感じます。


そして、その「甘えの対象」が、実はクラッシャー上司の標的にもなってしまう部下だったりするのですよね…。

自分のことを受け入れてくれる相手を探しているだけですから、このような方々は…。

ですが、潰せる相手がいなければ、上司もクラッシャーにはならないはずです。


上司や親も含め、上の言うことを聞くばかりではなく。

「波風を立ててでも」、自分の意思を貫き、真っ直ぐに生きて自分の人生を謳歌できる人が増えてくれればいいな、って思います。

自分の立場や気持ち、権利などを、しっかり自分で守れる人がどんどん増えていけばいいように感じます。


 波風が立たなければ船は進まないってこと、覚えておけ、って思いますよ(笑)。 


そして現代求められている「力」は彼らの振り翳すような「威力」でも「権力」でもない。

「知力」とそこからの「知恵」が社会には必要で、それをしっかりコントロール出来る人が求められているのだと私は思っています。


仕事だって自分の人生の大切な時間の一部というか、1日の中で仕事をしている時間が一番長い人が多いように思います。


つまり、仕事というのは、「自分のこと」でもある「私事」でもあると言えます。

しっかり自分で学んで、相手の状態や自分の心の状態を認識していきながら、自分の人生を作って、しっかり守っていける、力強い人が増えると本当にいいな、と感じています。


もちろん、考えた末「私は親や上司の言うことを聞いている方がいいわ。それが一番自分らしくあれるし、楽しいと感じている。生きにくさはむしろ感じていない」と、言い聞かせではなく本音として思うのなら、それはとてもいいことだと思います。

自分が納得して出した答えこそが、その人の正解なのですから、誰かに何を言われる筋合いもありませんから。


「他者の意見は関係なく、自分自身はどうしたいのか」


その納得できる自分の答えをしっかり見つけて欲しいと思います。

輝凛(きりん)の独り言

日々の生活や、ニュース、色々な人からの言葉、本などから、私なりに感じた事を綴っていきます。 その他、運営している別サイトへのリンク記事もあります。