「相手は選べ」ということ

朝、起きる時の目覚まし代わり、そして支度をする時の時計代わりにテレビをONタイマーセットしておく。

それが私の毎晩最後のお仕事(?)です。

それで本日、いつものように「ついていた」テレビから聞こえて来たことを、通勤の時にツイッターで書いて、その後すぐに私は読書タイムに入ったので、誰きっかけだったのか知らないんだけど(笑)、会社でお仕事の合間に、ツイッターを見たら、通知がえっらい件数になっていました。


本当にこの言葉は私のいろんな経験からも共感しかない言葉でした。


私は本当にもう遥か前の話ではありますが、今もそれなりに名前は通じるのかな?というバンドの元メンバーがやっていた活動に、ファンクラブスタッフのリーダーというポジションで2年半くらい、自分の本業を持ちながら、お手伝いをしていたことがあります。


私は子供の頃から歌番組が大好きで、子供の頃は芸能界は憧れでもあったけど、それでも「テレビに出ているから『凄い』という意味が分からない」という気持ちがあって(まだ4歳とか5歳くらいでしたが…)、母親にそれを聞いたら「凄くないよ。テレビに出るお仕事をしているだけ。お父さんが会社に行くのと同じように、あの人たちはテレビ局に行ってお仕事をしているだけよ?すごいお仕事なんて、ないの。みんなお仕事をしている人は凄いのよ」と言われてすっごく納得したんですよね。


なので、どんなに憧れていて大好きな存在の方でも、仕事や立場だけで「凄い人!」という感覚を持てたことがありません。

才能だったり考えだったりで「すごいな」と思うことはあっても、それは変な話、「うちのお父さん、犬小屋だって1日で作れちゃうんだよー!」とか「うちのお母さん、ワンピースをミシンで縫ってくれたのー!」だって「十分、すごいこと」じゃないですか…。

なので「特別視」という感覚で、自分が大好きなミュージシャンだったりタレントさんを見たことがないんですよね(^^;

ただ、やっぱり住んでいる世界が違うから、価値観としての「ズレ」が出ることはあるのかな?とは思っていました。

それで、私自身も、そのスタッフをさせて頂いた経緯は、恐らく特殊なんだろうと思います。

自分から「やらせてください!」とお仕事募集で行ったのではなく、私はその方の長年のファンで、ファンレターを定期的に送っていたんですが、その内容が好きだったようで、「ファンクラブ運営が出来そう、特に文章が書けてファンクラブ会報をお願いできそうだなって感じたので、無理は言わないけど、お願いできませんか?」と、ご本人から直接ご依頼がありました。

3日悩んで、請けることにしたはいいけど、右も左も分からない音楽業界の中、手探りで、また、いろんな方々にフォローを頂きながらも、自分に出来ることを必死にやってきた感覚しかありません。


そんな色々な経験の中で見えて来たのは「この音楽業界、演者よりもファンや関係者など、演者の周囲にもクソみたいな人が多いな」ということです。


やっぱり、有名である人にお近づきになりたいという人は多いのかもしれない。

私みたいに「仕事が違うだけで、最終的には同じ人間でしょ?」と思いながら生きて来て、実際に自分の憧れの方との接点が持てたのは「奇跡だな」とは思ったけど、それでもやっぱり「緊張していた」から、「わ、どうしよう」ていうのがあったのは…。1ヶ月くらい。

それでもやっぱりすぐに「ミュージシャンに活動を頑張ってもらうために、私が出来ることは何だろう。ファンの視点から見て、何を求められているのだろう。そして、そのミュージシャンとファンの懸け橋になるには、私はどう振舞えばいいのだろう」としか考えてなかったんですよね。

あの頃の私はまだ若かったから、他の人もそういう感覚なんだろうって思っていたんだけど…。


意外と「私、××さんと知り合いなの!」とか「こういう話、聞いちゃった!」とか、「今度××と一緒に仕事するんだー」とか、やたらと他人に話しちゃう人、多いのね(爆)。

クソかなー。

その話をして、何になるって「自慢になる」だろうけど、それがあるからって、自分に「自信」がつくワケでもないし、「実力」がつくワケでもないでしょ?

自慢だけして、「私は特別なの!あなたたちとは違うの!」とでも言いたいのかなぁ…。

でも、本当に多いんだよなぁ、そういう人が内側にもファンにも…。


や、その話に尾ヒレがついて、面倒なことが起きてしまったとしたら、その発言責任、持てますか?

その自慢の元の「お知り合い」の方に「ごめんなさい!」って謝りに行けますか?

知り合いなら、謝れる方法、連絡先を知っているとか、快く繋いでくれる共通の知り合いがいるとか、何かしらがあるはずだし、相手の知名度などからの影響力が分かっているからこそ、「自慢」したのであれば、そこに「誤解」が生まれたと気づいた時点で、せめて、名前を使ってしまった先方には謝りますよね?

相手の知名度が傷つくワケで、その知名度に価値を感じたのであれば、その価値を下げた責任は自分にあると気づけば、謝るの、当たり前ですよ。

それが「人間として」の礼儀のはずで、それが出来ない以上、たとえ自分の経験として「聞いた話」であっても「他言無用」だとするのは、当然の「礼儀」だと思うんですけどね…。


なので、ツイッターに書いたよう、「年齢を誤魔化してまで、有名人・芸能人などの飲み会に潜り込みたい!」という未成年の子たちは、大人と関われるような「礼儀作法」が身に着いていないと思うんです。

また、未成年の飲酒は「飲んだ本人」ではなく「酒類を提供した側、未成年と知りながらお酒を勧めた側」が処罰対象となり、同席した大人だけではなく、その飲み会で使ったお店、お酒の銘柄が特定出来るような場合(酒造メーカー直営のお店など)は、酒造メーカーまでが処罰対象ともなり得ますから、「未成年を飲酒の席に同席させる」ことは、成人にとって、とても大きなリスクになっているはずなのに「バレなきゃ分からない」などの、浅はかな考えで黙認してしまったり、年齢確認を怠った大人側も、やっぱり同席者の方の「知名度」の価値を傷つけるリスクも想定していないのですから、そういう人たちとの席には、参加しない方が身のためですよ。


結局は何かしらで「お近づきになりたい」という側も、「他人の名前を使って若い子を集めて、自分のメリットに繋げたい」とする目論見があったかもしれない、飲み会を主催する側も、私から見たら「同質」であり、やっぱり「自分のことしか考えていない、身勝手な人たち」であるとしか思えないんですよね…。


ちなみに私が若い頃に「あー、確かにそれ、分からないかも!」って思ったのは、「年齢を誤魔化して飲酒の席に混ざろうとする若い子には、年齢とか生年月日を聞くのではなく、『生まれた年の干支』を聞け」という方法です。

そういうのに予防線を張る子もいるので「その翌年(前年)の干支って何だっけ?」とか、「あ、私は××年だから、何歳違うんだ?」と聞いてみて、その数字が合っているかどうか。

身分証明書なんて持っていなくても、会話から十分年齢は特定できると言われたことがあります。


そして共感した別のポイント。

それは「付き合う相手はしっかり選べ」ということです。

リプライを頂いた方に返信した内容です。

芸能人、有名人は、極端に言えば、その人のことが好きでも嫌いでも「有名」ってだけで、価値を感じる人が多いようにも思います。

好きでも嫌いでも「ファンです!」って言ってしまえば、誰でもその場はファンになれますから、相手にその場だけでも受け入れてもらえることは出来るでしょう。

そしてそれって「有名」という価値でなくても、別の価値。

ツイートにも書いた「優しくしてくれる」「愚痴を聞いてくれる」など、自分が求める価値だったり、行為を提供してくれる人には誰しも心地よい感情を覚えるため、「あれが欲しい!」と、どんな手を使ってでも、近づいてくる人はいますからね。

その標的にされる可能性は、芸能人、有名人に限らず、誰にでもあります。

だって、誰にだって長所や人から好まれる点はあるのですから。

自分では気づかないだけで、他人はよく見てくれていますからね。


で、なぜその「付き合う相手はしっかり選べ」ということに共感したか、というと…。


もう3年くらい前になるのかな。

コミュニケーションセミナーに月に1回、半年間通っていました。

その時に、人間関係、特に恋愛のことで悩んでいたのもあり、講師の方と月に1回だけメール相談があるという特典があり、相談をさせて頂いたこと。


復縁を考えていた方がいるのですが、どうも彼の様子をSNSなどから見ていると…。
彼との復縁は絶対にない気がしました。
その人と元鞘になっても、私、絶対に楽しくない。
以前感じていた魅力は、彼がそう見せたいだけの『張りぼて』だったような気がする。
私が見抜けなかっただけで、全部『嘘』だったように思えてきました。
今の彼を好きになれるかって考えたら、『なれない』という言葉が一番自然に思う。
好きな人を無理に作ることはないし、好きじゃない人と一緒にいたって、楽しくない。
自分の人生なんだから楽しく生きたい。
そう思ったら、彼との復縁は「あり得ない」という結論にしかならない。
でも、それでいいのか、なぜか踏ん切りがつかない。


というような内容でした。

講師からの返事にあったこと。


半年間のあなたを見ていて感じたことと、メールから感じたこと。
あなたはとっても優しくて、人を癒せる力があります。
そして母性が強く責任感も強いし、実力もある。
頼まれたら大抵のことはやってしまうし、出来てしまう。
とても頼りがいがある方なのだろうと思います。
そんなあなただからこそ、多くの人が集まってくるのだろうと思います。
あなたは人から「選ばれる」人なんです。

でも、その中には、あなたのように相手の気持ちや立場も考えずに「ちょうだい!ちょうだい!」と、欲しがるばかりの人も実は多いように思います。
あなたが疲れてしまうのは、相手を思いやるばかりに、あなたには何もしてくれない相手なのに「与えてしまう」こと。
きっともう、気持ちが冷めてしまったであろう、彼も、あなたに「ちょうだい!ちょうだい!」だけの人だと、どこかで気づいたのだろうと思います。

そして「これでいいのだろうか…」という答えを出そうとして、踏ん切りがつかないのは…。

あなたは「与える」ことしか考えていなかった、「選ばれる側」でしかなかったけど、自然と今度は「選ぶ側」にシフトしてきた。
そんな気がします。

ですからこれからは「選ぶ側」になりましょう。
そして、あなたの「与える力」は才能ですから、捨てたらダメ。
あなたはあなたで変わらなくていい。
それでも「付き合う相手」「与える相手」を変えましょう。
しっかりとあなたが与えたことを「返してくれる」人。
あなたにも「しっかり与えてくれる人」と付き合うことが出来れば、
その相手は恋愛ではなくても、仕事でも友達関係でも何でもそうなのですが、
そういう人を集めた方が、あなたは絶対に幸せになれます。

あなたは変わらなくていい。
でも「付き合う人は変える」こと。
その時には「あなたにも、与えてくれる人を選ぶ」ことです。

頂いたメールの文章は要約していますが、本当にこのメールは私にしては「宝物」に近いくらいのメールであり、気づきであり、学びだったな、って思っています。

本当にこれを読んで

「うん。私、絶対復縁しない!知らない、あんな人!」

以下、ネットで書くには激しすぎる単語での表記しか出来ないくらい、心の中では墓場以下の、地球の成分となって溶けてしまって影も形もない状態になりましたね(笑)。


そして。

確かに私は、「別に何かしてもらいたくて、こちらから動いているのではないけども、それをさも『当たり前』のようにされると腹は立つ」と思うことが多かったなーって(苦笑)。


あとやっぱり、他人に何かしてもらった時、お土産やプレゼントをもらった時に、それが嬉しいものだったかどうかの「値踏み」をしたり、「お返し、面倒だな…」となって、自分の気持ちばっかりを見て、受け取った時に「ありがとう」の言葉すら出せない人もいたりするのは、前は「お礼が言われたくて渡しているのではないから」って思っていたけど…。


今は「礼儀作法を知らない、教養がない人。コミュニケーションや信頼関係を保つ気持ちがない人」にしか見えなくなってきましたからね(笑)。

やっぱり「自分だけが得ようする人」「損はしたくない」とする人との交流って、私には擦り切れることなんですよね。

そういう点も踏まえて、講師からのアドバイス通りに「付き合う人を選ぶ」ような心がけをすることで、自分自身がすごく楽になれたんですよね。


そして消えてなくなった存在のような人に似た人をまた「いい人かも!」と、見誤らないようになるためには、私自身が少しずつでも変わること、しっかり相手を選ぶ変化を採用することがとっても大切だと思うようになりました。



本当にね…。

他人から見て、一番分かりやすい「知名度」だったり「財産」だったり、そういうものを一緒に「守ろう」としてくれない人は「仕事上での関係者」でも「友達」でも何でもないと思うんです。

結局は相手の立場になって物事を見ようとしない、それでも近づこうとしてくる、「搾取する」人間なんだろうって思うんです。

「搾取」っていうのは「奪う」ことですから、それが知名度だったり、目に見えないものだから、判定がブレるかもしれないけど、分かりやすく、その「価値」を「お金」に置き換えたら、それを一緒に守ろうともしないで、自分がそれを利用して搾取しようとする、奪うとしたら、それは立派な「泥棒」であり「犯罪」なんですよ。


そんな、泥棒気質の相手と付き合っている自分の人の見る目のなさを呪え。

そして実は自分が他人に対して「泥棒」を働いている感覚に気づいた人は、他人から何かを奪おうとするのではなく、自分がその憧れている相手と同じ立場になれるよう、自分で努力をしろよ、としか私は思いません。


楽して、何かを手に入れようするから、他人が持つ「価値」を求めるんですよ。


そして他人が持つ「価値」は、他人だけのもので、自分のものになるはずがない。

その「価値」が、あなたにふさわしくないから、あなたはそれが「得られない」のではないの?

それならその価値が「ふさわしい」人間になれるよう、自分で自分を育てるのが本筋だと思いませんか?

自分の価値くらい、自分で作ってみろ。


そして、自分の価値を自分で作れない、他人のふんどしで相撲を取るような人とは、極力付き合わない、距離を置くことです。


これが私が加藤さんが言っていた「付き合う相手をしっかり選べ」に共感したポイントと、私自身の経験。


…加藤さんも相方さんの件で苦労されていますし、その時に「ちょっとした軽はずみな出来事にこそ、落とし穴がある」ということは痛感されているからこその「相手を選べ」ということだと思えました。

輝凛(きりん)の独り言

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