「見える」もの、「感じる」もの

先日、ちょっとした体の痛みがありました。

どう考えても身に覚えがない場所が痛む。

「おや?絶対におかしいよね…?他人の痛みって移るの?」と、思えてしまい…。

そこでグーグル先生の出番です。

そこで見つけた、こんな言葉。

エンパス」。

これ、ツイッターでたまにやりとりさせていただいた方が「私、エンパスなんですよね」とおっしゃっていたなぁ、と思い出しました。

私にもそういう性質があるなー、と、その時に思ったのですが、それ、私の中の感覚では特別なことでもなんでもなく、誰にでもある感覚だと思っていたので、その時は気にも留めませんでした。

でも、いろいろ読んでいたら、何だかそれ、全員が持ち合わせている感覚ではないのね?

上記のリンクにあるような感覚。私、子供の頃から持ち合わせていたりします。

今回のような、自分がそこを痛めた記憶がないのに、他人の痛みが移ったような感覚(そして実際に痛かったという…)。


身体ワンネス型:相手の体での出来事を体験する能力
身体ワンネス型のエンパスは、身体直感型の「痛みを知る」など知覚だけで受け取るタイプとは違い、実際に同じ感覚が自分の身体の中に再現されて体験してしまうタイプです。
受験会場などで、それほど自分は緊張していなかったはずなのに調子が悪くなってしまうなど、他人の不調とシンクロしてしまう人はこのタイプのエンパスであるといえます。

確かにこの感覚に近かったです。

でもそれ以上に。

感情直感型:相手の嘘を見抜ける能力
他人の表面的な態度の中に潜む感情を知覚で感じることができます。
迫真の演技で身の潔白を訴える人の嘘を目の動きや語調で見抜く人がいますが、もっと感覚的にその人の本心を知ることができるエンパスです。
このタイプのエンパスに嘘をつくと、すぐにわかってしまうので深く傷つけることになります。
いい感情を知るときは素晴らしい能力だと思えるでしょうが、他人の裏の顔が見えてしまうので辛いことも多いでしょう。
他人に嫌われないように七変化してしまう人はこのタイプのエンパスかもしれません。

そして。

知的変容型:相手の考えが解り形にもできる能力
他人の知的能力や思考回路を同じように自分の中に再現してしまうタイプのエンパスです。高度な論理的難問も、知的な人間と一緒にいることによって難なく解いてしまったり、知識を得るスピードが格段に上がったりします。
天才といると天才がうつる、といったところでしょうか。しかし、この能力は何か別の才能のように思えてしまいがちなので「自分はエンパスである」と自覚するのは難しいようです。

この感覚は、正に持ち合わせています。

というか、誰でもこの感覚は持ち合わせていると思っていました。

「見える」もの、「感じる」もの

■感情直感型

他人の何気ない言葉や態度から「何でそんなに一発で分かる嘘をついて恥ずかしくないんだろう」と瞬間的に思える。

相手の声のトーンや口調の強弱や抑揚、言葉の速度から、相手の気持ちの変化や感情が伝わってくる。

そんなの、私には日常茶飯事です。

なので、言葉遣いがどんなに荒くても、優しい人だということは、何となくわかります。

どんなに言葉遣いが丁寧で、それなりの身なりや社会的地位がある人でも、冷酷な人も何となく分かります。

でも私の周囲には「見れば分かるよね…」と、私と同じ感覚の人(特に女性)が多いので、誰でも持っている感覚だろうと思っていました。


■知的変容型

「相手の考えが解り形にもできる能力」というのもそうで。

たとえば、「花束を用意しましょう」となったとき。

Aさんは、ピンク色がベースだろうな。

Bさんだったら、多分黄色だろうな。

それなら、話し合う順番は、予算からではなく「何色の花にしましょうか?」だな。

そこで決着して、花の種類をある程度想定してから、予算を組んだ方が早いな。

そういう想定をするのも、日常茶飯事です。

でもそれは、普段からAさんやBさんとコミュニケーションが少しでもあるのなら、誰でも簡単に思いつくことではないの?

そう思っていました。

あと、会話ですね。

相手の口調や言葉遣い、選ぶ言葉を聞いて、それに合わせた言葉遣いになるのも、いつものことです。

相手が「納期」というなら「納期」で言うし、「期日」というなら「期日」で言う。

相手が地方の方言を使う人だと、移りやすいですね、口調も(苦笑)。

あ。

だから私は大した学歴がなくても、超・平社員で過ごした会社でも、派遣社員だったり、常駐だったりの外部協力者で大企業に入っても、社員同等の仕事を任されたり、学歴について聞かれたことがなかったり、お仕事をやめた後でも、それなりの学歴だったり、立場にいるような元上司や先輩、取引先の方々から「ちょっと手伝って!」「ちょっとアイディア出して!」と、「ていうか、会うの、10年ぶりっすよね?」くらいのブランクがあっても、呼び出されたりするのかしら…(汗

自分の考えや、王道パターンではなく、その人の思考回路に合わせたやり方で物事を進めていった方が、相手が納得しやすかったり、感覚的に順番を追えるから経験値もアップするだろうから、と思うと、相手が求めるやり方で物事を進めたいと思っているのが普段の私です。

相手の考え方は何となく分かるので、軌道修正もしやすい。

大怪我になる前に阻止できるというのは、感覚的ではあるけど、持ち合わせているように思っています。


みんなそうだと思ってた(汗


自分がエンパス体質であることに対して「あれ?私おかしいのかな?」と思ったというよりも、「え?これ、みんな持ち合わせている感覚だと思ってた!え?違うの?」という驚きが半端ないですね…。

全体の20%くらいの人(とはいえ、5人に1人よね)の人の特性らしいです。

あー。だから「普通、そこまで思いつかないよね…」と言われることが多いのかもしれないです。

それが悪い方に転んでいたのが、30代前半くらいまでかな。

みんなが感覚的にそういうものは気づけて分かるものだと思っていたので、相手に対して、感じることや見えるものは、遠慮なく言ってしまっていたんですよね。

すると。

「気持ち悪い!」

「分かったフリしないで!」(図星すぎたらしいです)

など、嫌われることも多かったです。

なので「こういうことって、たとえ見えても感じても、言ってはいけないんだな…」と、自分から言葉を発するのが怖くなった時期もありました。

今思えば、相手との距離感とか、言葉の表現とか、タイミングとか内容とか、自分で選んでいなかったのが悪かっただけで、言うことは決して悪いことじゃなかったという…。

悪かったのはエンパス体質である、自分の感覚ではなく、自分が見たり感じてしまっている部分と、それを表現するときの自分の状態でしかなかったなー、と、今は思えます。


エンパスはラッキーな体質!

でも、その「言わないようにしよう」と思った逆のことを言うと、やはり喜ばれることは多かったです。

「どう表現していいか分からなかったことを感じ取ってくれて嬉しい」

「言いたかったけど、言えないでいた気持ちに気づいてくれて嬉しい」

などなど。

あと、私にしてみたら「ちょっとしたもの」で用意したプレゼントなどを、すっごく喜んでもらえることも多いです。

相手の長所というか、「こういうところ、好きだなぁ」とか「尊敬できるなぁ」というところを伝えても、やっぱり喜ばれますし。

そう考えたら、エンパス体質っていうのは、決して悪いことではなく、むしろ、20%の人しか持ち合わせていない、特に何のレッスンもしなくてもいい、人に好かれる要素を遺伝的に持っているラッキーな人であるとも言えると思うんですよ。

だって、相手を少しだけでも観察していれば、勝手に自分が感じ取ってくれるんですから。

その「どこ」を観察し、「何」を伝えるか。

嫌なものは見なければいい。仮に気づいても、よほどのことがない限り、相手には伝えないでおけばいい。

それだけだと思うんですよね。

そして。

「エンパス」体質の人は、恐らくほとんどの人が「HSP」である、と。

HSPについては、また別の記事にアップしたいと思います。

輝凛(きりん)の独り言

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